◆正午山房通信

正午山房」は俳人原石鼎の終の栖で、鹿火屋代々の主宰が住みなしたところ。
原裕が午年の正午の生まれであったことから名づけられました。四季と向き合う俳句のひとこまをお届けします。
春も半ばを過ぎると、菫やたんぽぽが一斉に咲き始めます。
今年は、桜も早かったようで町中を流れる葛川の辺の桜もいつの間にか満開になっていました。
今、世界は未知のウイルスに困惑させられています。
かつて、原裕は「俳句は人の心を癒し得るか」という問いを発したことがあります。
「音楽活動、絵画活動を通して癒される人が多いことはすでに常識かも知れないが、
俳句表現はどうか、ということに心を尽すことも、このさい考えられるのではなかろうか。
俳句の一般大衆化はそれを証明する、とする評をなす人々もいるが、
俳句の一般大衆化と俳句表現のもつ可能性を安易に結びつけるのは、
単なる妥協にすぎないのではなかろうか」とし、「人の心を癒すもの」に値するかどうかは「人生をいかに詠むか」にかかっていると結論付けています。
もう、二十年以上も前のことです。
人生と社会とは切り離すことはできませんが、社会性という名のもとに個の立場を離れて高みの見物をしているような句には共感を覚えることはできません。
かといって個人的な事情に埋没して嘆きだけを詠ってもそこに救いは見いだせないでしょう。
人間も自然の一部だというのは虚子の考えですが、晩年の原裕も同じ境地に至っていました。
人生と自然との接点に生まれる句が、癒しをもたらしてくれるように思います。

麦の芽を風が起こしぬ相模灘   裕

芽吹いた麦の芽を踏む麦踏は、強い麦を育てるためとはいえ人にとっても麦にとっても厳しい作業です。
その踏まれた麦を湘南の風が立ち上がらせるという風土の慈愛が詠われた句です。
また、原コウ子には「自然」「社会」「我」の接点を見つめて詠んだ句が多くあります。

されどたつき囀よりもかがやかし   コウ子



たんぽぽの絮光り飛ぶはげむべし  コウ子



神の瞳がどこにもありて梅ひらく   コウ子



いずれも終戦間もない頃の作ですが、現代の私たちにも勇気と励ましを与えてくれるの)ではないでしょうか。
俳句は言霊の文芸です。思うに、俳句は祈りの心から生まれるものなのかもしれません。
(原 朝子)



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