◆正午山房通信

「正午山房」は俳人原石鼎の終の栖で、鹿火屋代々の主宰が住みなしたところ。
原裕が午年の正午の生まれであったことから名づけられました。
四季と向き合う俳句のひとこまをお届けします。

 わが家には紅白の椿があり、これまでにないほど盛んに花を咲かせています。
紅椿は花の形のまま地上に落ちますが、白椿は花びらが解けて散華となって地上に降り注ぎます。
石鼎が詠んだ実家の椿は白椿ですが、病気の母親の比喩としたことから紅椿と思われることも少なくないようです。
因みに地元では「石鼎椿」という品種もあり、桃色の花を咲かせているそうです。

この三月、ふらんす堂より『原石鼎の百句』を上梓しました。
原裕に続き、原石鼎の本を刊行できたことを感慨深く受け止めています。
石鼎の代表作の一つに

高々と蝶越ゆる谷の深さかな

がありますが、最近になってこの句の素晴らしさを再認識しました。
句評というと、とかく句の巧拙を云々しがちですが、俳句の鑑賞はそれだけではありません。
どんなに名吟だと言われても心に留まる句と素通りしてしまう句があります。
その理由の一つにその句を読んだとき心の状態が句と共鳴することが挙げられます。
深層心理というのは、普段は意識されないものですが、読んだ句によって認識されることもあります。
私は「高々と」の句を読んだとき、勇気づけられた気がして目頭が熱くなりました。
蝶は地上に近い所を飛んでいるか弱い印象がありますが、実はそうではなく、海を越える蝶もいます。
この場合は、深吉野の渓谷を越える蝶が詠われています。
か弱く思えていた蝶が、深い谷の空を高々と飛び越えていく。
その生命力は驚きとともに私たちに勇気と励ましを与えてくれるのではないでしょうか。
事実、渓谷の蝶の飛翔は、傷心の中にあった石鼎を励ましたわけですが、
その感動を詠んだ句が今度は私たちの心を励ましてくれるのです。
傷心の中にあるとき、癒しと励ましをもたらしてくれる句、
迷いの中にあるとき、前進する勇気を与えてくれる句、
このように一隅を照らす灯火のような明るさがある句を私は本当の名吟だと思っています。

                                 原   朝子
                                (26・4・2)












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