◆正午山房通信


「正午山房」は俳人原石鼎の終の栖で、鹿火屋代々の主宰が住みなしたところ。
原裕が午年の正午の生まれであったことから名づけられました。
四季と向き合う俳句のひとこまをお届けします。

今年は、関東甲信地方は6月6日に梅雨入りし、27日には梅雨明けとなりました。
ただ、まだ空は心持ち梅雨時のうっすらとしたベールに包まれているように思います。

夏至の頃は、梅雨さなかとあって、雨や曇り日が多く、
雲が太陽のありかを隠していますが、
前日に見上げた夕刻の西空には高々と輝く太陽がありました。
一年の中で最も昼が長くなるとき、かなり北側まで太陽の通り道になることを知りました。

梅雨に入る前にわが家の梅を剪定をしました。
路上に覆いかぶさるように伸びた梅の枝が見事に切り落とされて、
幹も樹冠も顕(あらわ)な状態に。
聞くところによれば、梅の木は剪定を怠ると花が咲かなくなり、
その結果、実を付けなくなり、遂には木が枯れてしまうそうです。
ただ、かなりの老木ですので、こんなに徹底的に切られて大丈夫かと心配しました。
梅は切られると慌てて枝葉を伸ばすといいますが、
わが家の梅も私の心配をよそに、みるみるうちに葉が出て幹や枝を覆うばかりになりました。
ただ、剪定の時期が遅かったので、来年の花は諦めなければならないかもしれません。
剪定枝は庭の隅に積んでありますが、どの枝も棘だらけでまるで怪獣の尻尾みたいです。

石鼎は梅雨という季節を特に好んだわけではないようですが、
梅雨の独特の雰囲気に感興を催したようで、梅雨の句を多く詠んでいます。
その一つに、

大鯉の押し泳ぎけり梅雨の水  石鼎

があります。大鯉が梅雨という季節を引き回しているような豪快な作です。

梅雨とは、梅の実が黄色に熟する頃に降る雨から名づけられたようです。
例年にない早い梅雨明けが報じられた日、樹上に残っていた梅の実が黄色に色づいて門の脇に一粒転がっていました。





◆艸たろ館展示のご案内

艸たろ館は、大正13年に建てられた道山家の土蔵を改築したもので、
須賀川の俳諧の系譜をたどることを目的とし、
主に俳句関係の軸装、色紙、短冊をテーマごとに展示している。
道山家は、子規の「はて知らずの記」にも登場する須賀川の名望家である。

桔槹創刊百年を記念して母体であった俳誌「鹿火屋」創刊の主宰、原石鼎、
その妻であり二代目主宰であったコウ子、
道山草太郎友人で「桔槹」「鹿火屋」同人でもあった白河の画家、
大竹仰峰の三人展を令和4年4月20日~6月30日まで開催しております。
是非ご覧下さい。おいでの際はお電話をいただければ幸いです。
道山はるか(090-2157-7592)





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