◆正午山房通信

 「正午山房」は俳人原石鼎の終の栖で、鹿火屋代々の主宰が住みなしたところ。
原裕が午年の正午の生まれであったことから名づけられました。
四季と向き合う俳句のひとこまをお届けします。

山道を隔ててわが家の西側に広がっていた蘇峰堂の梅林がなくなり、すっかり更地となりました。
しばらくの間、狗尾草の生い茂る空き地となっていましたが、
先頃、本格的な造成が始まり、道路が通るなどして山裾の風情は全くなくなってしまいました。
それでもわが家から吾妻山が眺められるようになり、夏の西日の厳しさも増しましたが、
空模様を楽しむこともできるようになりました。
今朝、吾妻山に大きな虹がかかっていました。
この大らかな虹の橋は海と山とを結び、海彦と山彦が音信を交わしているようでした。
晴れた夜には月影もさやかです。満月は一夜をかけて空を渡り、やがて西の山に沈みます。
明け方近くに西側の窓が明るくなるのは、月が別れを惜しんで一瞥を投げていくからです。
西側の風景はこれからも刻々と変わるでしょうが、それぞれの風景を楽しんでみたいと思っています。
今年は、十五夜とお彼岸が重なりました。
裏庭の芒の穂が出ていないのでどうしたものかと思いながらお墓参りに行くと、
なんと山墓の背後にみごとな芒が生えていて、招くように穂が垂れていました。
そこで、石鼎の墓にご挨拶し、その芒を持ち帰って十夜のお供えとすることができました。
今年は、例年にない天候不順となり、
これが草木や草木に寄る昆虫たちの勢いを削いでいるようにも見受けられます。
季節の進みは樹木によって遅速の差が大きく、紅葉や黄葉もそこそこに散ってしまうものもあれば、
夏木と変わらず緑を保っているものもあります。
蝉の声や虫の声も早々と終わってしまった感じです。
もしかしたら自然界が季節の移ろいに敏感になれと語りかけているのかもしれません。
                                     原  朝子
                                    (26・10・21)













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